登山道情報 2005/07/30

まだ、ミチノクコザクラに会うことは可能・残雪の多い大沢の右岸で
ミヤマキンバイとミチノクコザクラ

1、なぜ、今年は大沢に残雪が多いのか
 岩木山の百沢登山道、その焼け止り小屋の東側上部からはじまる大沢(大沢は小屋近くの滝あたりから、その下部の呼称を蔵助沢と変えるので注意しよう。)は雪の多い場所である。雪消えの遅い年は九月の上旬まで残っていたりする。今年もおそらく九月までは、ところどころに残っているだろう。
 大沢の積雪は冬期間の降雪、というよりは「風の吹き出しの強さ・その時間的な長さ」に深く関係している。降雪期間に西から季節風の吹き出しが強く、しかもそれが長期にわたって続くと大沢への吹きだまりは少なくなり、風によって運ばれた雪は東の後長根沢や大黒沢の上部に吹きだまることになる。
 今冬は山雪型で里の降雪は少なかったが、確かに山間部の降雪は多かった。しかし、西からの厳寒で強力な季節風が吹き荒れなかった。よって例年ならば岩木山の東上部に運ばれ、溜まる「積雪」はひたすら大沢に溜まることになってしまったのである。
 大沢の源頭部は登山道になっていて上部で種蒔苗代(たねまきなわしろ・注1)と接している。その周辺も今年は例年の一ヶ月遅れの残雪状況であった。つまり、今冬の大沢は種蒔苗代から中腹部の滝まですぽっりと例年にないほどの「豪雪」に覆われたのである。

2、例年よりもはるかに多い残雪に興(狂)ずる登山客
 里から雪が消えて久しい六月、夏山シーズンに入って岩木山の登山客は日ごとに増えていた。もちろん、スカイライン、リフトを利用する「他力登山客」がほぼ百パーセントである。
 リフトを降りて鳥ノ海噴火口を覗けば底厚の残雪がある。それを見て登山客はまず、「里雪」への郷愁を刺激され、快い興奮状態に陥る。それからその外輪岩稜を登り切り、たんたんとした道をたどり御倉石を右に見ながら鳳鳴小屋に着く。
 少し南に動くと雪庇(せっぴ・注2)の消え残りが下部に突き出すように張り付いている。そこから覗くと西面の大倉石(注3)の中腹岩壁と東面の一の御坂(いちのおみさか・注4)上部の平坦地(通称、竜が馬場)につながっている岩稜から、残雪が張り出してカール(注5)状になって種蒔苗代を厚く、重く圧して、大沢源頭部の雪渓とつながっているのが見えるのである。登山客はこの風景を見て、感興にひたるのだ。
 このような残雪の状況は、例年であれば四月の下旬から五月の上旬にかけて見られるものである。この時期に岩木山に来る登山客は殆どいない。大半は春スキーを楽しむスキーヤーである。
 しかし、今年は夏山シーズンに入り、登山客が大挙押しよせる六月になっても岩稜壁には残雪が張り付き、そして七月の上旬まで種蒔苗代には残雪が見られたのである。


ナガバツガザクラ

3、例年ならば双眼鏡で「眺める」だけの花だが
  …今年は積雪をよじ登ると手に触れることが出来た
   岩稜壁に張り付く積雪に沿って造られた踏み跡が語ること…
 例年ならば大倉石の壁や上部東面の竜が馬場につがっている岩稜帯に咲くコメバツガザクラやナガバツガザクラの花を登山客は見ることが出来ない。登山客が訪れる六月頃には張り付いていた積雪は溶けて後退し(高さがなくなり)、登山道からは肉眼で確認出来ない位置・場所でひっそりと花をつけるからである。
 ところが今年の大雪は遅くまで積雪を残したことでその場所まで行くことを可能にし、さらに大雪で融雪が遅れたために高山植物の開花を場所によっては一ヶ月以上遅らせたことで、登山客と「貴重な高山植物」との物理的、時間的な距離を縮めてしまったのである。
 雪渓をわずか上部にたどると、そこには希少な貴重種「ナガバツガザクラ」が咲いているのである。
 ある者は間近で見るために、にじり寄り、登る。ある者は写真に撮るために、よりよい撮影ポイントを確保しようとあちこちとよじ登る。火山性の岩は脆くて簡単にはげ落ちるところもあるが、おかまいなしだ。
 果ては「今まで見たことがない花だ。これは岩木山の希少種ではないか。採っていこう。」と盗掘である。
 岩稜と残雪の接点付近では開花の遅れを悟ったミチノクコザクラやアイヌタチツボスミレが背丈を伸ばすこともなく、急ぎに急いで咲いている。
 高い岩稜に咲く花々に眼を奪われた登山客には足元が見えない。足元の確認が出来ないのでは山に来る資格はないに等しい。
 そして、背丈が低く這うようにして咲くミチノクコザクラなどを無惨にも踏みつけているのだ。雪の消えかけた斜面には踏みつけられ、折られ、ちぎられた花々が無数に横たわっている。何という残酷な光景だろうか。登山客の行為に高山植物たちは泣き、瀕死のうめきでのたうち回っていた。


アイヌタチツボスミレ


ノウゴウイチゴとミチノクコザクラ

4、大沢右岸のミチノクコザクラには…
 雪渓から咲いているミチノクコザクラの近くに入らないで下さい。雪渓の縁から眺める程度にしましょう。
 長い時間で見ますと、花とは「近づくと逃げてしまう。距離をおいて待っていると近づいて来る。」ものなのです。花とはそのような生き物です。
 大沢右岸(鳥海山の斜面)は火山灰地です。単純な言い方をすれば「斜面の崩落が、生えている草によってかろうじてくい止められている」のです。そこに踏み跡をつけることは草を踏みつぶすことになります。標高がありますからいったん踏みつけられた草付きは何年も回復しません。場所によっては永遠に裸地化してしまい、花は逃げてしまい戻ることはありません。



ナガバツガザクラの下に咲いていたイワヒゲ

 


タカネザクラ

掲載写真はいずれも鳳鳴小屋付近で7月上旬に撮影したものです。

注1 種蒔苗代(たねまきなわしろ):古い噴火口です。通年、水を湛えサンショウウオやモリアオガエルなどがいると言われている。古くから農民たちはここで稲の豊作を祈願した。

注2 雪庇(せっぴ):積雪が風下に向かって屋根のひさしのように伸びる状態のものを言う。よく折れて崩落し雪崩を誘発する。

注3 大倉石:鳳鳴小屋のすぐそば(南面)に直立している大きな岩峰。

注4 一の御坂(いちのおみさか):鳳鳴小屋から上部に続く急な岩稜帯・落石が頻繁に発生し過去に数名の死者が出ている。

注5 カール状:氷河が長い年月をかけて地表を削り取って半欠けお椀状の地形にすること。またはそのような地形のこと。