追子森

幹事  小野 晃

 2万5千分の1地形図「岩木山」を見ると、岩木山頂の西北西に追子森と記載された1139mの標高点があります。ピークと呼ぶ程の姿ではなく、眺める角度にもよりますが、瘤のような盛り上がり程度の印象だと思います。それが追子森です。特筆できるのは、追子森の山頂周辺にコメツガが生育していることでしょう。
 岩木山のコメツガは追子森の他、赤倉沢の右岸(大石登山道の尾根)上部、水無沢源流部、赤倉沢左岸の尾根上部から1249.6mの三角点ピーク、更に大鳴沢右岸に伸びる尾根に分布しています。

右写真)12月末の追子森

 さて、その追子森の読み方ですが、大概の皆さんは「おいこもり」と読んでいるようです。ガイドブックにもそのように振り仮名が付いたりしています。この読み方については、岩木山に登る仲間たちの間でも昔から時々議論になることがありました。
 「追子(おいこ)」とは何だ、どんな意味なのか、そして「おいこ」の読み方の是非が議論の焦点だったのですが、その頃から一部の人たちにはこんな主張がありました。
 「追子」はオッコ、あるいはオンコではないのか。いうまでもなく「オコ、オコノキ、オンコ、オッコ、オッコノキ」といえばイチイの木の方言(地方名)です。北海道でもイチイはオンコと呼ばれています。だから追子森はこれらの方言のいずれかで読むのが適切であろう、という意見でした。 そこまではよいのですが、実は追子森
周辺ではイチイの木が見当たりません。それでこの主張も説得力の乏しいものになってしまいました。
 後年読んだある本には、追子森のコメツガ群落のことを取り上げて、コメツガの地方名をダケ(嶽)オッコという、追子森の地方名がこれから出たことが分かる、とあっさり解説してありました。
 ところで、『日本山名総覧』(武内正著、白山書房、1999年)という本があります。それには「追子森、オンコノモリ(ツコモリ)」と記載されています。「ツコモリ」というのがよく分かりませんが、著者は難読の山名については市町村役場に問い合わせたといっています。追子森の場合はどうだったのか、それは分かりません。
 とにかく追子森は「オンコノモリ、あるいはオッコノモリ」と読むことに賛成したいと思います。

左写真)水無沢左岸尾根のコメツガ

 問題がもうひとつあります。何故コメツガがイチイの地方名と混同されたのかという点です。
 コメツガとイチイは多少似ていないこともないのですが、混同するのはひど過ぎる気がします。地元の人たちの樹木を識別する能力(知識)の問題なのか、それともコメツガが林業的に用材としての利用価値が低いために、どうでもよかったのか、などと考えたりもしました。ちなみに、方言ダケオッコを和名アオモリトドマツと採録した本もありました。
 岩木山のコメツガはいわゆる岩石地に分布しています。岩石地というのは岩が露出したり地中に岩石を包含し、表土の薄い場所です。樹木の生育条件としては厳しい場所といえるでしょう。しかも岩木山ではかなり標高の高い、気象条件も不利な位置が多いのです。むしろコメツガは、好んで条件の悪い場所を選んで暮らしているようにさえ見えます。
 それがコメツガにとって他の植物の侵入を防ぎ、競争を避けるための戦略であったのか、あるいは単純に競争に敗れて追い詰められた結果なのか、森林観察の興味が一段と深まります。

〈蛇足〉黒石市の追子野木を、皆さんは何と読んでおられますか。