オオバクロモジ(大葉黒文字) 垂れる滴露に輝く黄色い春の朝ぼらけ

ヒトリシズカ (一人静) 我が名を忘れ群落は木漏れ日の下の騒然

  五月中旬、クマゲラの採餌木の現況を確認するために出かけた。同行のMさんは深めのゴム長靴を履いているから昨晩の雨の名残りもものかは沢筋から攻めて、ぐんぐ んとブナ林縁までの雑木を掻き分ける。登山靴の私は雨具の下を着けていたがそれもかなり濡れてきた。Mさんは膝上が濡れてきたらしく今度は私が「露払い」でトップを交替して先を急ぐ。
 前方がかすかに開けて一瞬明るくなった。そして、その間隙に露を纏ったオオバクロモジが二枝、左から右へと流れている。触れてはいけない。滴を壊してはならぬ。 静かに歩みは止まった。地味な樹皮を白い光沢で染めているブナ林を背景にした目の前には、微塵も揺るがない美しく黄金色に輝く春のあけぼのがあった。ここがきっと ブナ林への入口に違いない。
 実は、三月の末に西岩木山林道の上部をジグザグに横歩きをし、大小の沢を数カ所 跨いで二子沼までクマゲラの調査に出かけていた。積雪は多く三、四メートル。途 中、新雪のため膝近くまで埋まることもあって難儀をしたが、先ずねぐら木を発見。 さらに、啄まれた大きめの木っ端が無数に散乱している大きな採餌木を確認していた のだ。
 その日は雪消え後の現場撮影が目的であった。目的達成。周囲に別な採餌木を探して高木や低木の下藪を巡った。藪の切れ目の広場に小さな「白色」が群れている。ヒトリシズカである。だが多すぎる。これだと木漏れ日に集う騒然だ。ところが離れた 所にひっそりと僅かに一本だけ咲いているのがある。これはいい。やはり孤独のヒトリシズカには気品が漂う。そこには凛とした清らかさと静寂さがあった。

メモ: 「一人静」や「二人静」は義経を慕う静御前に喩えた花名であり、舞う静御前の美しい姿からの命名である。花の風情に静かさを見たものではない。