キジムシロ (雉子筵) 明るい枯れ野を彩る小さな金の玉杯

フタリシズカ(二人静)大きな四枚羽に二本の触角、静かに佇む優雅な緑蝶

 春早い時期の山道はとても歩きやすい。下草がまだ生えていないので見通しも利く し、踏み跡も辿りやすいからだ。秋遅く下草が枯れた後も歩きやすいのだが、秋の枯 れ草や落ち葉には生々しい命の名残りが感じられて気分的に暗い。しかも、まだ水分 を含んでいる落葉は滑りやすく、特にブナの葉が落ちた直後の急斜面では、それが ワックスの役割をして危険なのである。
 積雪が消えた尾根筋の道は、西から吹きつける強い季節風と、風の間合いに斜めに 射す陽光によってカラカラに乾いている。道を外れても枯れ枝、落ち葉、松毬、団栗 などを足裏に感じながら自在に進める。春は明るく命の名残りではない。そんな時に 足許で迎えてくれるのがキジムシロである。枯れ枝に頬ずりをしているように見えて 思わず微笑をもらしてしまった。私はそこに暫くしゃがみ込んで、微笑の余韻を楽し んだ。
 日差しがあるといっても早春のそれには翳りがあるし、芽だしの梢を吹き抜ける風 は冷たい。それを避けようと道を外れて沢筋へと少しだけ降りてみた。落ち葉のクッ ションは足に優しい。その優しさに助けられどんどんと下る。風がなくなり、日差し は斜面に遮られ、辺りはふと暗くなった。そこは深緑に包まれた初夏の装いだった。 その中に大きい葉を従え垂直に伸ばした触角のような穂状花序と清楚な白い小花が浮 かんだ。フタリシズカである。これは大きな緑の蝶だ。
  普通は名に示すように花序は二人(二本)であるはずなのに、私の目の前のものは 花序が一本、これでは一人でしかない。驚いた。今日の山行もまた、私は単独であ る。思わず独り言。「私と一緒で二人・・・だね。」
 また尾根の道に戻った。そして沢筋を覗いた。さっきの大きな緑の蝶が、沢筋の空 間をふわりふわりと対岸の尾根に向かって飛翔しているように思えた。きっと義経を 恋う静御前が霊と共に舞っているのだろう。