ウワミズザクラ(上溝桜) 森の入口を固める白衣の華麗な番人

オオヤマフスマ(大山衾) 蒼緑の小宇宙に弾ける白い星

 沢に沿った伐採地からの踏み跡はカラマツの林に入っていた。カラマツが落葉する針葉樹だからだろうか、冬に暗い灰色がかった褐色の幹と枝、何もない梢を吹雪や強風に曝している姿は林立していてもやはり寂しいものだ。だからカラマツの芽吹きはよりいっそう美しく柔らかく優しい命を感ずるのだし、秋の黄葉もその色具合と他の葉との重ね色目から愛でられることが多い。浅い林である。開けた前方にちらちらと白い花が見えてきた。ウワミズザクラである。カラマツとは異質であるがゆえに美しい。しかし、桜の仲間であるとは見えない。日本人は桜の一斉に散ってしまうその潔さに特別な感情を持っている。この花は実をつけるのだからいっときに散ることはないのかも知れない。これは森の入口を固める白衣の番人だ。入口は出口にもなる。この花との別れは森との別れでもあった。 呼び名は幹の上に溝を彫って吉凶を占ったので上溝と言っていたがウワミズとなまったものだそうである。
 踏み跡は藪に覆われるようになってきたが、手を使うほどの藪ではない。登山靴で掻き分けて進むことが出来るのである。歩みが次第に早くなった。
 藪は蒼緑の小宇宙だ。掻き分けて進む靴よ、白い星のオオヤマフスマを踏みつけてはいけない。気をつけないと見落としてしまいそうに小さな花である。これが出てくると道路は直ぐそこだ。今日の山旅も終わりに近づいていた。有り難う。環状道路に出てあと七キロを弥生のバス停まで歩けばいいだけになった。