ミズチドリ(水千鳥) 薄暗い空間を背に陽を浴びて茎頂に居並ぶ純白

カキラン(柿蘭) 静かな風情と幻覚的な色調、橙黄色の左右相称花

 私はまだ、岳温泉の下部に広がり周りには湿地と草原が点在している緩やかな道路を歩いていた。岳発弘前行きのバスにはあと一時間以上あった。際だつ存在感のノハナショウブ、萢の池塘で水際を占めて立つガマの穂、芦の林間に群れるサギスゲ、芦原に紛れ輝くサワオグルマの花たちはいつの間にか影を潜めていた。道は登りに変わり、傍らには赤花のノコギリソウが見える。丈の高い草で覆われているが、右手に踏み跡らしいものがあり、かなり乾いた感じがするので、残り時間を確認してから入っていった。
 渡り切ると草丈が低くなり前方が大きく開けた。道らしい踏み跡は乾いた萢の中で途切れ消えてしまった。両側から小高い丘陵が迫り、狭い平地の谷を形成しているその縁は、薄暗かったが風がひとしきり靡いて、そこからたおやかに何かが私を招いた。萢はあまり埋まらず、自由に歩ける。草を折らないように気をつけて静かに進む。
 それは線状楕円形で互生の葉、茎頂に細長い距を下垂させて純白の不正整花をまばらな穂状につけている。そこには薄暗い空間を背に陽を浴びて茎頂に居並ぶ純白、ミズチドリが微笑んでいた。風の息をはかり、写した後で腰を屈めて香りをかぐ。確かに芳香がある。別名に麝香(ジャコウ)千鳥、麝香鷺という所以だろう。

 草々をかき分け足許に注意しながら萢の中央へと進みはじめた時だ。橙黄色の点々が足許でまばらに光り、周りの草葉を淡い橙色に同化させていた。風に草頂は揺れるが、この点々だけは茎上に互生する狭い卵形の葉を従えたまま、動くでもなく無言で静かだった。
 背を屈め、腰を低くしてそれらの一点に向き合う。静かな風情を漂わせている割にはなんという動的でサイケデリックな色彩、色調、カキランの花だ。茎の上部に横向けに開いた橙黄色の左右相称花は白色の唇弁を持ち、それには紅紫色の斑点まであるという念の入れよう・・・。背を起こした私を風がまたひとしきり掠めて吹き去った。