ミヤマハンショウヅル(深山半鐘蔓) 紫ビロードに輝く日の底の静寂

ミヤマカラマツ(深山唐松) 天の微光に生命を謳う白き放射

 赤倉登山道を登る時、姥石から赤倉沢右岸の道を通らないで、そこから左に登って岩稜帯を辿ることが多い。厳冬期や残雪期はもちろんそこを通っている。その理由は岩稜という岩木山には数少ない特殊なヴァリエーションルートを楽しめるということ、そこは標高が低い割には恰好の風衝地となっていて雪消えが早く早春から夏場にかけて多くの花に会えるということなどである。
 多雪であったある年の七月中旬、その日もまた岩稜を抜け、鬼の土俵を素通りして急斜面の道に差しかかっていた。いつもの単独行パターンで、最初の休憩にしようと木陰を探しコメツガ林の手前で腰を下ろした。あと山頂まで休憩はない。この辺りには早く雪が消える所と吹き溜まりがいつまでも積雪を残す所がある。だから花も早咲きから遅咲きまで長い期間にわたって咲いている。登って来た道に向き、ザックから水用のボトルを取り出そうとした時、傍の草むらでふと紫が光った。まさかこの時期にハンショウヅルでもあるまい。疲れからの幻覚か、いや疲れてはいない。確かに籔奥の、日の底の静寂に大きな紫ビロード一輪が輝きながら開いている。ミヤマハンショウヅルだ。
  快調に飛ばして大鳴沢源頭上部に来ていた。雪消えが終わって間もない場所だ。何に出会えるのだろう。この辺りの高さになると咲き出しはすべて遅くなる。雪消え間もない所に咲く花はみな背が低い。ところが、ダケカンバの林縁ですらりと背筋を伸ばし、たおやかに揺れた花があった。それは高らかに天の微光を受けて、生きる喜びを上気と恥じらいに込めて、放射をなして謳(うた)っていた。ミヤマカラマツだ。
 どちらも暦の上では「初夏」の花である。花たちは決して自然を越えたり逆らったりはしない。じっと、自分の時を、出番を待つのである。