ミヤマアカバナ (深山赤花) お山の命を噴き出す錫杖清水の質素な番人

 岩木山の登山道沿いには湧水が少ない。それでも長平道には羽黒と長平清水、赤倉道には尾根取りつき手前の湧水、弥生道では廃屋に近い神社横の小さな沢の湧水、百沢道では神社境内のご神水、それに大沢上部の錫杖(しゃくじょう)清水などがある。その中で圧巻なのは錫杖清水であろう。それは湧き出しているという生やさしいものではない。ダイナミックに噴出している。岩木山の太古からの命を、地の底から噴き出しているのだ。
 八月下旬、山の秋だ。今日もまた来てしまった。真夏、標高千四百メートルのこの辺りでも気温が三十度近くなるから水温との差は十数度となり口を潤す水は「春立つ今日の風」程度の淡い冷気を含む。ところが、その日の錫杖の流れは冷たさをあまり感じさせない。湧き出す水は常温に近く、外気温と差がなく季節的に変化がないからだ。永遠不変の命を感じながら、噴き出し口近くで飛沫(しぶき)を浴びて咲いている可憐な一群れを発見した。それは質素な水番人、淡い臙脂(えんじ)の可愛い小花、岩木山のものが基準標本とされているミヤマアカバナだった。