オオバスノキ (大葉酢の木) 涼風爽やかな横顔に見る紅玉の耳飾り

 山は不思議なところである。雪消えの始まる麓から花が咲き始めるという単純な図式では説明が出来ない。雪消えは山頂や高山帯の風衝地からも始まり、山腹のブナ林帯は陽光が葉に遮られて遅くなるから花もそれに倣う。花は私たちを待ってはくれない。
 麓の花に魅了され湿地にカキランやミズチドリとの出会いを楽しんでいるうちに高山帯のイワウメなどは散り、別の花が咲き出している。限られた場所に咲く高山植物ほど咲く期間が限定されて短い。彼女たちは彼女たちの流儀で生きている。
 頂上直下にさしかかっていた。花の色の変化は微妙だ。三日前は乳白色の光沢を持った淡い緑色だった。それが太陽と高山の冷気と岩石帯表土からの滋養で変身してしまい、今日は透きとおった紅玉(ルビー)に見えていた。
 オオバスノキである。宝石が地中深くにあって変成していくという隠れた努力の威圧を見たと思った。まだ本物の宝石ルビーを見たことはないが、もう見る必要はない。近寄りがたく、煌(きら)めく美しさ。瞬く間の出会いだからなお美しい。