トキソウ(朱鷺草) 深岳菅や擬宝珠の林中を飛翔する桃色の鷺

今日も天気がいい。登山道は乾いていた。そろそろだなあと思っていたら、柔らかい西風が心地よい湿潤を運んで来た。籔をくぐり抜けて湿原の縁に立つ。
 いびつな楕円で広がる湿原。だが、そこだけが天に連なり、空間を維持し、周囲のこんもりとした緑の城壁からの解放を独占している。静寂、すべての物音が奥に見える池塘の水面の小さなさざなみひとつひとつに打ち消されていく。そこを囲む淡い緑が区切りを作り、それが上空を切り取って青空や雲を水面に映している。開ける視界、宇宙につながる空間を受けて輝きを増しながら、落ち着いた蒼緑の中、湿原は池塘を包み込み、終始無言で回りの生命を受け入れていた。
 しゃがんだままで、その奥の湿原中央部に目を遣る。そこは深岳菅(ミタケスゲ)や小葉擬宝珠(コバノギボウシ)の林で、空間に飛翔する桃色の鷺(さぎ)を見た。それは紛れもなく朱鷺草だった。