イワウメ(岩梅)  緑地に踏ん張り天上に向かい自立する命


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 宿り木を沢山載っけたブナの疎林を抜ける。松代登山道は林内と藪の中を行く。
 ブナの丈が低くなり、ねじれが目立つようになるとコメツガが顔を出す。追子森の山頂、祠(ほこら)のある大岩は直ぐ間近だ。そこで初めて眺望が開けるのだが、自然の純粋な優しさに馴れた目には赤沢対岸尾根の景物は馴染まない。リフトが人工的な切れ込みと鉄塔とワイヤーを直条として山腹上部のスカイラインターミナルへと走り降りている。麓からの緑に慣れた視覚にはその景物はまるで目の中でごろごろするゴミのようだ。
 いきおい、背後の大岩を観察することになり、頂部でイヌワシが捕食したウサギを発見したりする。ここは野生の世界だ。
 岩を左に見ながら藪の中に踏み跡を探る。
 長い藪こぎから解放され苔むす累々(るいるい)とした岩の道を登る。勾配は登るに従いきつくなる。視線は足許。無言、吐く息だけが荒々しい。時間的にも分岐点は直ぐだと思い、顔を上げたら真ん前に屹立する岩の壁、山の神石の足許に立っていた。
 光沢のない垂直で黒い岩壁の所々には深緑の絨毯(じゅうたん)が貼り付けられ、それにはクリーム色の小花の刺繍(ししゅう)が施されている。緑地に踏ん張り、天上に向かい自立する命、イワウメ。
 数種の植物が同じ場所に群生しているのを垂直面で見るとそれは多層をなす折れ線グラフだ。
 私は下からそのグラフを見ていた。植物たちは決して重ならない。下のものに影を作らないように花や葉を交互に、段違いに伸ばして空間を共有している。自然の摂理に従い、太陽を含む自然の恵みを均衡に分かちあっている。
 この営為は競争に日々を送っている人間たちを遙かに凌ぐことであるように思えた。

メモ: キレット  稜線が鋭く切れ込んで低くなっている所。
    アンザイレン  ザイル(ロープ)を数人が結び合いながら行動すること。