エゾノリュウキンカ(蝦夷の立金花) 湿地に坐し水芭蕉が背にする金屏風

 その日は残雪を辿り、登山道を避ける下山となった。地形によって残雪は途切れているが、出来るかぎり雪が残っているところを探して降りる。だから、真っ直ぐに降りられず、大きく迂回しなければならない場所もある。雪消えの頃の登山道には、まるで落とし穴のような所がある。登山道とは人が山肌に彫った溝ようなものだ。溝の深みには雪が溜まり、春めいてくると下部から融けだして、空洞になる。ところが、見た目には厚い雪と写る。しかも、融けた水によって、隠れた登山道が堰になっていることもある。落ちると危険なのだ。そこで、溢れた水が谷側に落ち込んでいる所から山側を降りることにした。
 間もなく、崩壊地を抱えた狭い平坦な湿地が柔らかい陽光を輪郭として見えてきた。沢筋の南に開けて、日の光を思う存分浴びることが出来る場所ほど色彩が豊かだ。それは多くの貴婦人が静かに佇んでいると喩えられる風情なのだ。そして、白くて大きな花と緑の大葉の陰に、多くの黄金色がキラキラと光りを浴びて踊っているのが私の視線をくぎ付けにしてしまった。
 ミズバショウとエゾノリュウキンカだ。踏みつけないように気をつけながらその縁を通り過ぎて、対岸の狭い尾根に登り、振り返って見た。なんというベストマッチなのだろう。
 それは「水芭蕉が背にする金屏風 」の風情だった。
 ぬかるみと違い、痩せてはいても麓に近い尾根は歩きやすい。このまま降りると雪のすっかり消えた登山道に出る。自分の読んだ地形がピタリとあたることは嬉しい。