ツバメオモト (燕万年青)広く大きな葉の海に舞い翔ぶ白い鳥

  この辺りから下降を続けると登山道はブナの林縁である。だが、まだコメツガの林 が続く。コメツガは岩木山の古い山体に見られる樹木だ。よって百沢登山道や弥生登 山道沿いでは出会うことはない。両脇には根曲がり竹やスゲ属の草も出てきた。だが、何百年という時間を生きてきたという証のような、太くて低くて、しかも地表を 這うコメツガの枝、葉はその下に広く、薄暮の空間を作っていた。
 目の前に立つ石仏に想いを馳せながら前を見ると、周りの草を押しのけて、その空 間に万年青(おもと)のような立派な「葉」を広げて、白い小鳥を舞わせているツバメオモトが立っていた。一面に群落を作って咲く花にもそれなりの魅力はある。しかし、一株ごとに距離をおいて花柄をすくっと伸ばして咲くものも「孤高の精神」を彷彿させて好ましい。ツバメオモトは針葉樹林帯の花といわれているが、ダケカンバなどの林下でもけっこう見られる花だ。
 ここからブナ林に入るまで、なだらかな山道が続くので、冬場はよくこの地形と樹 木植生に惑わされて、真っ直ぐに進んでしまい赤倉口に出られないことがある。だが、迷ったとは考えない。そのまま降りても必ず環状道路に出るからだ。夏場は左のブナ林を斜めに降りて低い稜線に取り付かなければいけない。
 ブナ林の中はところどころに残雪を見せている。次々と出てくる石仏を追って行くとブナ林を抜けて日影沢の左岸稜線に出る。淡い若葉の木漏れ日が微かに消えて、全体が明るくなったように思われた。そして前方に開放された窓のような空間が広がり はじめた。
 登りながら、降りながら花と名前の由来について問答することはしばしばだ。それが疲れを癒してくれる一手法にもなっているのだから楽しい。