ヒメイチゲ (姫一花) 岳樺の疎林にひととき咲く清楚な妖精

 百沢に下山するつもりでいた。この積雪の多さからすると百沢登山道沿いに見られる高山性の花は限られるし、大沢の雪崩跡も恐怖である。それにさっき通った岳樺の疎林に一瞬見た白い何かが気になっていた。下りは赤倉口に変更だ。そこで耳成岩北側の安定した積雪を通り、キックステップを利かせて急な大雪渓を駆け降り、疎林に急いだ。

 高山の花は咲いている期間が本当に短い。同じ場所でも時季を外すと決して会えない。一週間と待ってくれないのだ。もしかしてあれかなと半信半疑で林の中に白い何かを目で追い求めた。小さい花だ。仮定は事実となった。淡い茶色の枯れ草をベールにして顔を覗かせている清楚な花、それは恐ろしいほどに可憐なヒメイチゲだった。もっと低地でも咲くのだがその辺りはまだ雪の下だ。恐らく人間の時間を遙かに超えた長い時間の果てに低い場所からここに辿り着いたものであろう。すべてゆっくり行こう。急ぐことはない。