ミヤマキンバイ (深山金梅) 残雪と岩稜に映える黄金の盃と金のしとね

 大鳴沢源頭部の雪渓は沢に垂直に切れ落ちて、高さは五メートル以上はあろうか。迂 回しながら下端の縁にたどり着いた。また雪の世界に逆戻りである。岳樺の枝が雪に 締め付けられて動きがないし、花を感ずることもない。時々濃霧が走り視界がとぎれ る。
 頂上から三人のパーティが降りてきた。「黄色い花に会ったのですが何ですか。」 「ミヤマキンバイですよ。」 会ったという表現には人間味と優しさがある。この人たちに「根こそぎ持っていか れる」心配はまずないだろう。急峻な岩稜にさしかかった。
 手許に見えるコメバツガザクラの蕾はまだ小さい。この辺りの手掛かりとなる岳樺 や深山楢など昨年ごっそりと伐られてしまい登りづらい。あの太さに成長するには人の一生以上の年数がかかるはずだ。だれの仕業だろう。
 平坦な火山礫地で仰ぐと目の前に大きな雪渓を耳成岩の鞍部に伸ばしている山頂部が見える。
 雪渓の切れたところに黄金が光る。積雪の少ない西の岩場には大きな群落が風にそよいでいる。金のしとねと呼ぶにふさわしい。
 昨年は五月中に一度咲き終わったものが九月の中旬から下旬にかけてまた咲き出した。積雪は六月中に消えてしまったから遅い雪解けによる遅咲きのものではない。温暖化による異常だろうか。秋を春と勘違いしたと考えれば楽しくはなるが、よくは解らない。ただ春秋いずれも必死に咲いていたことは否めない。しかし、秋のものはちょっとだけ恥じらいを纏っていたように見えた。
 山頂はミヤマガラシの若芽がここ彼処にあるだけの、風が吹き抜ける岩と無言の世界であった。