エゾノツガザクラ (蝦夷栂桜)透かし紫模様の汗杉を着た童女たち

 夏の盛りである。まだ雪渓があることを幸いに、いや雪田というべきだろう、その上を辿って北に少しだけ足を運んでみた。そこには、まだまだ大きな雪田があり早春の風情をなしていた。その近くは春真っ盛りで、大岩の先っちょではイワヒバリがさえずって縄張り宣言をしている。
 雪田から離れたところには夏の花のミチノクコザクラ、ミヤマキンバイ、ミツバオウレンなどが、満を持して咲き出していた。赤倉方向に行ったところの道端では既に、秋の花ミヤマアキノキリンソウやシラネニンジンが咲きかかっていた。
 それらが取り巻く中心には、透かし薄むらさき模様の汗杉(かざみ)に身を包んだ童女たちがちょっとはしゃぎながらもはにかみを添えて踊っていた。エゾノツガザクラが咲き乱れているのである。本州では早池峰山、月山、それに岩木山にしか咲かない花である。
 彼女たちが恥じらいながら仰ぐ青空には、白い雲の峰が盛り上がって頂部を鉄床雲(かなとこぐも)とし雄大な積乱雲になりかかっていた。これは夏空の雲だ。
 その雲が影を落とし、時には黒っぽく、時には白っぽく染める岩や礫は、太陽を浴びて暖まっていて、その表面には秋のとんぼアキアカネが羽を休め、岩の熱を体に取り入れてエネルギーを蓄えていた。
 なんと多くの色彩を越えた豊かな生命ではないか。絵画や写真ではそれまでは描けまい。そこは三つの季節の風物に彩られていたのだ。山とは神秘で「あやしき」ところである。                                 
   
メモ : 汗杉(かざみ) 平安時代以降の官女・童女の衣服。儀礼の時の汗杉は濃袴に表袴を重ねて着用する。