ニホンザリガニについての参考資料をご紹介いたします。


「青森県の希少な野生生物(青森県レッドデータブック)」
青森県 2000年3月 より

P.269
エビ目アメリカザリガニ科 B
和名 ニホンザリガニ
学名 Cambaroides japonicus (de Haan)
環境庁:絶滅のおそれのある地域個体群(秋田県)

「形態的特徴」
 清流に住む赤褐色ないし黒褐色のずんぐりとしたザリガニで、体長は40〜60mm、まれに70mmを越える。頭胸甲は円筒形で額角は幅広く短い三角形をなす。県内には帰化種のアメリカザリガニも分布するが、これは体が赤くスマートで、額角が鋭角で一対の額角棘を持つ点でニホンザリガニとは明瞭に区別される。また、アメリカザリガニの生息環境は富栄養化した池沼をはじめとした止水域が主で、生息環境もニホンザリガニとは重複しない。

「選定の理由」
 県内におけるニホンザリガニの分布は太平洋側南部と白神山地を除きほぼ全県に及んでいたことが知られている(和田,1929)。本種の地理的分布範囲は現在でもほぼ同様であるが、生息地の減少は顕著である。近年は、都市部や耕作地での分布が消失し、河川上流や小規模な湧水に離散的にみられるようになってしまっている。加えて、いずれの生息地でも、過去に比べて密度は大きく減少している。 

「分布と生態の概要」
 ニホンザリガニは北海道と東北北部に生息する日本固有種で、その分布南限は太平洋側が岩手県二戸市、日本海側が秋田県大館市および早口町である。しかし、岩手・秋田両県の個体群はいずれもごく小規模で、本州での分布域は大部分が青森県内である。
 生息場所の底質は泥から砂礫と幅広いが、いずれも水深が浅い小河川に限られる。生息の条件としては、低い水温が年間にわたって維持されることが必要である。また、水質に敏感なため、汚濁水や農薬の流入は生息を制限する。産卵は早春に行われ、抱卵期間は2〜3ヶ月に及ぶ。孵化してから最初の産卵までに3年から5年を要する。

「生存に対する脅威と保存対策」
 過去には薬や食糧として乱獲された経緯がある。現在は、森林伐採や河川改修等に伴う生息地の改変や、ペットとしての乱獲、さらに農薬の流出や有機汚染に伴う水質環境の悪化が主たる脅威となっている。北海道では生息環境の悪化に加えて、帰化種であるウチダザリガニの侵入がニホンザリガニの分布縮小の原因となっている。県内ではまだウチダザリガニは確認されていないが、今後の監視が必要である。

「特記事項」
 本州のニホンザリガニは北海道から人為的に持ち込まれたという推測もある。しかし、津軽地方の個体には、尾節に特有の切れ込みがみられ(和田,1929)、他のいくつかの外部形態でも本州と北海道の個体の間で差異が見つかっている。また、ザリガニ類の体表で付着生活を送るヒルミミズ類(環形動物)として、北海道から11種、本州から未記載種2種を含む3種が知られており(大高・向山,1998)、その種組成は北海道と本州とで全く異なる。これらのことから、本州のニホンザリガニ個体群は自然分布であると考えられる。
 水産庁版では、危急種に指定されている。
(大高明史)


「1998 水産庁 野生水生生物 レッドデータブック」
P.368〜369
6 ザリガニ  十脚目 アメリカザリガニ科
標準和名 ザリガニ
学名 Cambaroides japonicus (de Haan, 1841)
地方名 ざるがに ざわがに さるがに
英名 Japanese crayfish
評価 危急種

分類
 日本に分布するザリガニ類は唯一の在来種であるザリガニと帰化種であるアメリカザリガニ(Procambanus clarkii)、ウチダザリガニ(Pacifastacus leniusculus trowbridgii)、タンカイザリガニ(P.L. leniusculu)の3種1亜種である。ザリガニは多種と比較して小型であり、額角の形状(ザリガニは鈍角、多種は鋭角)で区別できる。

形態
 体長は一般に5〜6cmで、大型の個体でも7cm程である。その体は固い甲で覆われており、頭胸甲は、やや円筒形で全面に小さな穴がある。額角は幅広く短い三角形で下方に傾く。腹部の幅は、成熟した雌では雄よりも著しく発達するため広い。第1脚は大型化し、特に雄は成熟に伴い長大化する。雄の第1、第2腹肢は変形して交接肢となる。

分布
 日本固有種であり、奥尻、天売、焼尻、利尻、札文島を含む北海道全域と青森県全域、岩手県北部の二戸市、秋田県北部の大館市、鹿角市で生息が確認されている。本種が分布する水系は、水質が清澄で低水温で推移する湖沼や小規模な河川の源流部である。かつて本種は北海道の湖沼のほとんどに生息していたが、現在では大部分の湖沼で個体群が消失している。なお、個体群は徐々に個体密度数が減少するのではなく、急激に死滅することが知られている。その原因はウチダザリガニの輸入に伴って伝播した伝染病と考える説もある。しかし、現在のところ湖沼から本種が消失した明らかな理由は特定されていない。

生活史・生態
 主な食性はデトライタス、産卵は雌が仰向けになった状態で反転しながら行い、産卵回数は1年に1回で初春に行われる。雌は40〜100粒程を2〜3ヶ月に渡って抱卵し、初夏に親と同様な形態をした稚エビが孵化する。稚エビは母親の腹部で1ヶ月程度保護され、1回脱皮したのち親から離れる。雌雄とも性成熟は生後5〜6年で見られ寿命は10〜11年である。成長(脱皮)の時期は水温が高めに推移する6〜10月である。

生息環境
 生息地の底質は一般に砂礫であり、巣穴の中や転石下に隠れている。巣穴は河川の流れと平行に掘られ、その形状は「Y」「U」字型を呈し、開口部(出入口)が水面近くに2カ所有る。本種は雌雄ともに大型個体程、大きい転石下に隠れる傾向がある。生息地の一般的な水質はpHは7.0近くで、隣や窒素酸化物が検出されず、蒸留水に近い。

資源状況
 生息地数でみると北海道釧路市で1975年の20%に、青森県七戸町では1970年代の33%以下、秋田県と岩手県では生息数の減少は見られていないが、個体数は過去最盛期の10%程度に減少している。

現状評価
 本種の生息地や個体数の急激な減少が始まったのは、わが国の開発、ウチダザリガニの分布域拡大等が急展開した過去20〜30年間のことである。その結果、本種は、すでに述べたような僅かな生息地に、少数ずつ生き残っているのが現状である。しかも本種は繁殖力が弱く、生息環境の破壊やウチダザリガニの分布域拡大が止まるところを知らないわが国の水系で、個体群を維持することは極めて困難なことと考えられることから、本種は危急種と判断される。

参考文献:Fitzpatrick Jr. J.F.(1987) Crustaceana, 52 : 316-319
執筆者名:川井唯史 北海道立中央水産試験場


「青森県の自然」 青森県 平成2年3月
P.74〜75
 ザリガニは青森県が自慢できる動物の一つです。それは、日本に古くからいるこのザリガニが広く分布しているからです。秋田県大館市八幡沢が南限の分布地として国の天然記念物に指定されていますが、都市化が進んで絶滅状態にあるようで、あるいは本県が南限またはそれに近い分布地ということになりそうです。本県でも、以前は肺結核の特効薬として乱獲されたり、都市化の進行で少なくなったのですが、岩木山ろくや八甲田山系の小川にもいますし、津軽半島では海岸のごく近くに多産します。その名からカニのなかまとまちがわれることもありますが、れっきとしたエビのなかまで、しかもイセエビに近い種類です。
 県内の沼や川にはザリガニよりも大きなアメリカザリガニもすんでいます。もともとショクヨウガエルのえさにアメリカから移入したのが全国に広がったもので、本県にやって来た経緯はよくわかっていません。弘前公園の掘にも住んでいて、子どもたちが釣って楽しんでいます。 (以下省略)
(長岡健治、奈良典明)


「天然記念物緊急調査 植生図・主要動植物地図 2青森県」 文化庁 昭和48年4月
・学術上貴重な生物群集および生物の所在地
P.34
37 岩木山植物帯および山麓ザリガニ生息地 西津軽郡(中津軽郡の誤り)岩木町
 登山道沿道と標高800m以上の植物帯で、ブナ林と僅少のコメツガを含むミカエデ・ナナカマドなどの亜高山低木帯。およびハイマツ、ハクサンシャクナゲなどの高山低木帯がある。また雪渓にはミチノクコザクラの多い湿地花畑がある。